カンパニー ヒストリー

ソシオークのあゆみ
 葉隠勇進株式会社は、フードサービスからソーシャルビジネスへと事業を拡げ、 2013(平成25)年10月、創業50周年を機にソシオークホールディングス株式会社を持株会社とする「ソシオークグループ」を設立しました。 変化する社会のニーズにスピーディーかつ的確に応え、いきいきとした社会づくりに貢献する「共通価値の創造(CSV = Creating Shared Value)経営)」を推進しています。

ダイバーシティの取組障がい者雇用の促進
創業社長大隈敏史(おおくま としちか)
創業社長 大隈 敏史
(おおくま としちか)

ソシオークグループは、食事作り、子育て、介護、送り迎え等、かつて女性が家庭の中で無償の労働として行っていた家事を社会化する事業をしています。

今日、4000名を超える従業員が働くソシオークグループの源泉は、大隈敏史・幸子夫妻の出会いから始まります。
学生結婚した二人は、卒業後、敏史さんは法律関係の出版社勤務、幸子は都内の公立小学校の教員になり、幸子の母、ていとともに三人で川崎市中原区井田に暮らしました。ていが娘夫婦に一日も欠かさず持たせたお弁当は、大切な家族への愛情いっぱいの、てしおにかけたお弁当で、敏史の会社の同僚からは、「お金を払うから私の分も作ってきて欲しい」と頼まれるほどでした。
敏史は幼少期の事故による足の障害のゆえに、会社勤めを続けても低く評価されることから独立を決意し、「障がい者も健常者も、男性も女性も、高齢者も若者も、誰もが尊重される社会、会社を創りたい」と昭和38年に川崎市で起業しました。

創業期の社員たち・会長と初代料理長
創業時の社員たち
創業時の社員たち

ていを料理長として、大切な家族のために作っていたのと同様に、愛情いっぱいの、てしおにかけたお弁当を提供するお弁当屋さんを始めました。
創業した時には、既に、長男が生まれておりましたし、創業の2年後には、さらに次男である現在の社長も生まれました。
幸子は出産後も教師と育児と家業と、忙しくも充実した日々を送っていました。
事業の拡大に伴い、事業に専念することを決意して、小学校の先生をやめました。
お弁当屋さんから始め、割烹料理「葉隠勇進」へと成長したのが創業期です。

会長
大隈 幸子 (おおくま ゆきこ)
会長 大隈 幸子
(おおくま ゆきこ)

 創業社長敏史は、足の障がいのために入院することもありましたが、入院時にも幸子は、メニューの考案、仕入れ、営業と、精力的に事業を拡大していきました。

 二人の息子たちは、働く母の姿を見て育ちました。
 1984年(昭和59年)9月、創業社長敏史が癌のために永眠し、幸子が社長として経営を引き継ぐことになりました。
 幸子48歳、長男23、次男19歳でした。
 ちなみに男女雇用機会均等法施行は1986年(昭和61年)4月です。
 男女雇用機会均等法もなかった、働く女性を軽んじる風潮が社会に根強かった時代に、二代目社長幸子は事業拡大のスピードを緩めるどころか、より精力的に新しい仕事にも果敢に挑戦し、社員食堂、病院給食、介護施設食堂、学校給食、レストランと、今日のフードサービス事業の形を作り上げました。
 葉隠勇進株式会社は1985(昭和60)年に病院給食業務を、1987(昭和62)年に都立高校の給食業務を、1989(平成元)年には 特別養護老人ホーム給食業務を受託するなど、社会の変化とともに、産業給食だけでなく幅広い分野で川崎以外の地域にも事業を広げました。

 自治体の学校給食が民間事業者に委託されるようになり、1998(平成10)年、葉隠勇進は都内の公立小・ 中学校の学校給食調理業務を受託しました。
 民間委託によるコストの削減と給食内容の充実や細かなアレルギー対応。 何よりも安全で安心な食事が求められる学校給食の分野で、活躍の舞台をさらに広げました。一方で、 保護者の理解と信頼を得るために2001(平成13)年、業界に先駆けて「ISO 9001品質マネジメントシステム」の認証を取得しました。